私は結び目理論、結び目の中でも特に、曲面結び目曲面ブレイドについて研究しています。曲面結び目とは4次元空間の中への閉曲面の埋め込みであり、全同位による同値類をさまざまな不変量を用いて分類する分野です。3次元空間内の1次元の結び目理論は 1833年のGaussの論文にまで遡ることができ、DNAや蛋白質の構造などへの応用も含め広く研究対象とされてきていますが、曲面結び目は1925年Artinが1次元の結び目からスパン2次元結び目を構成したのが始まりで、比較的近年になって開拓された分野で、その構成法すらあまり知られていないのが現状です。
そこで私は新たな曲面結び目の構成法として、自明なトーラス上の分岐被覆の形で表せる曲面結び目をトーラス被覆結び目(torus-covering link)と定義して、トーラス被覆結び目の性質を研究しています。 トーラス被覆結び目の各成分はトーラス上の分岐被覆の形をしているので、その種数は1以上です。従来の曲面結び目の研究は球面の埋め込みである2次元結び目 (2-knot)を対象にしたものが多いのですが、2次元結び目は種数がゼロなのでトーラス被覆結び目には含まれません。
特に各成分がトーラス型であるとき、トーラス被覆結び目は、2つの可換な1次元ブレイドa, b によって構成されます。記号S(a,b) で表すことにします。トーラス被覆結び目S(a,b) の不変量は、aの閉包とbの閉包というブレイドa,bから構成される2つの1次元の結び目の不変量から導出されるであろうということが推測されます。トーラス被覆結び目はその幾何的構成法が容易です。代数的性質の導出も比較的容易であることを示し、トーラス被覆結び目を通して曲面結び目の性質を明らかにしていきたいと思っています。1次元の結び目の不変量についてはこれまで多くの研究がされており、その性質が明らかにされているので、トーラス被覆結び目は比較的扱いやすい、取り組みやすい対象であるといえます。また、これまで球面の埋め込みである2次元結び目についてはいろいろな研究がなされてきましたが、一般の種数の曲面結び目についての研究はそれほど発展していません。2次元結び目でないトーラス被覆結び目を研究することで、2次元結び目では見られない曲面結び目の性質が明らかになることを期待しています。